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高校三年生ブログ初心者です。基本的に自分の趣味について語っています!是非見て下さい!

104. 好きな歴史上人物 part11 (杉原千畝)

本当にこの人大好きです。初めて伝記(小学校5年生ぐらいだったかな?)を読んだ時、感動しましたね。当時の日本にもこんなにも心の広いお方がいたなんて…って感じでした。

 

 

皆さん知っての通り、この杉原千畝は戦時中日本の外交官として活躍した人物でした。しかし、日本の国際社会からの孤立や敗戦濃色になったことから現在のリトアニア日本大使館からシベリア鉄道を通じて日本に帰ることになってしまいました。しかし、ナチスの目を盗んで逃げてきたユダヤ人たちが、ヨーロッパから逃れるために、日本への通過ビザを求め、領事館前におしかけたのです。「ビザを出してもいいですか。」日本の外務省へあてた電報の帰ってくる答えは「正規の手続きができない者に、ビザを出してはいけない。」というものでした。ビザを発給しユダヤ人の命を救うべきか、命令に従って外交官としての輝かしい道を守るべきか。千畝は悩み、そして一つの答えを出したのでした。

 

 

ビザ発行!

 

 

6000人の申請を一つ一つ認め、合計1200人を救った偉人。

 

 

日本国は基本規則に従っていたため、杉原に対して、資格を持たないユダヤ人へのビザ発給の許可を出すことは最後までありませんでした。それでも杉原は、独自の判断で発給を続けたのです。こうして発給された日本通過ビザによって日本に渡ったユダヤ人の中には、先ほど見たように、避難先の国の入国許可を得ていないために、結果として日本で足止めとならざるを得ない人々も多かったでしょう。しかし、命の危険が迫るヨーロッパから脱出させることができたことは、まさに彼らの命を救ったことにほかなりませんでした。ソ連への併合にともない、杉原のいたリトアニアでは各国の在外公館が相次いで閉鎖されていきました。日本領事館もまた閉鎖することを求められ、杉原もこの地を離れなければなりませんでしたが、それでも杉原は最後までビザの発給を続けたと言われています。

 

 

その後、杉原は国に逆らったとして戦後、外務省を解雇させられますが、その献身的な行動はその後2000年ぶりとなるユダヤ人の国家となったイスラエルの人々に感動を与え、イスラエル政府は杉原千畝に国家勲章を与えたほどです。

 

 

助け合いの精神、それをどんな状況下であっても貫いた杉原千畝さん、それは日本人の精神としていいお手本ではないでしょうか?見習うべきではないでしょうか?

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。次回は鳥居元忠&京極高次を予定しております。お楽しみに!

 

 

では……